黒沢清と同じ誕生日の人/『ソドムの市』視聴後そのほか


事実かは分からないけど小嶺麗奈黒沢清って同じ誕生日だったのか。
だからといってどうなるわけでもないけども。
ちなみに中田秀夫水野晴郎も同じだそうです。
http://www.mmmax.net/birth/7/19/



高橋洋監督の方の)『ソドムの市』を見終わったので、それまで『ソドムの市』を未見なので情報を入れすぎないようおおざっぱにしか回っていなかったあちこちインタビューとかを改めてちゃんと見て回っていたのだけれども、俎渡海新聞が見られなくなってて残念だった。 あと、公式サイトの「岩淵先生インタビュー」で『ソドムの市』をブレヒトの演劇に絡めて語っていて、自分がまるでそのページを見て影響を受けて『ソドムの市』について色々思いめぐらせていたみたいに思えてあせった。 というかそういうのと関係なく叙事的なものについての話とか面白かった。


ホラー番長 岩淵先生インタビュー
http://www.showko.net/~sodome/iwa-in.html



上のリンク先の岩淵先生インタビューを読んでいて、話の中に出てくる
「運命悲劇」と「性格悲劇」という言葉が分からなかったので少し調べてみた。


『フランス流布本サイクル』の感想文(2)
http://www.babu.com/~laurel/arthurianpages/vulgate_memo2.html

まずは文学用語の説明から。
 ギリシア悲劇はよく「運命悲劇」と呼ばれます。
 登場人物がどう考え、どう行動しようと、すべては神の掌の中。いくら足掻いても、結局は運命に弄ばれてしまうからです。
 例としては『オイディプス王』がピッタリかな。結局は予言のまま、オイディプスは父を殺し、母と交わってしまうのです。


 それに対して、「性格悲劇」と呼ばれる一連の作品もあります。
 シェイクスピアの作品がこれですね。登場人物の性格が、悲劇的な事件を引き起こしてしまうといったものです。
 有名どころで言えば『ハムレット』。ヤツがあんなに悩みまくる青年でなかったら、クローディアスはともかく、ガートルードやオフェーリアやポローニアスやレーアーティーズやローゼンクランツやギルデンスターンは死ななかったかもしれない…。


 このように、古代ギリシアには「残酷な神によって苦しめられる人間」の悲劇が、そして近代黎明期のイギリスでは「持って生まれた性質ゆえに苦しむこととなる人間」の悲劇が描かれたワケです(以下略)