本を開いて、

いま図書館で対談集を何冊か借りてきて読んでいて、そのうちの一冊に、これは図書館や古書店の本に良くあることだけれど鉛筆で文章の所々に線が引いてあって、その線が、読んでいて重要な部分かもと自分も思えるような所に引いてあったりするのだけれども、そういう所に線が引いてあった時ってなんだかなぁと思う。 自分が思っている事を先に指摘されたような、かつて勉強しようとしてる時に勉強しなさいと言われて感じたような、切符を出そうとしたら「切符出して!」と言われる瞬間のような、自発的にしようとしている事を寸前で強いられた感にすり替えられてしまうような、言われなくてもいいのにってな事を指摘されてしまった感というのかな、そういう感じを感じる。 もちろん自分の物ではない本に線を引くこと自体問題なのだけれども、こういう線って、なぜ重要そうな所にばかり引いてあるのだろうなと思う。 もっと意外性があったらいいのに。 どうせ引いてあるのなら、なぜそんな所に引いてあるのだろうとか思いたい。 謎が欲しい。 そういえば、昔テレビでやっていた芸人の人の話で、父親に辞書を借りたらセックスに線が引いてあったという話を聞いた事があったけど、そういう愚かしい素敵な出会いがないものだろうか。 ページ上部の対談相手の太字の名前に、しきりに線が引いてあったりとか、文章のない余白に線が引いてあったりとか、そういう何にも貢献しないようなどうでもいい線引きもあればいいのに。 重要そうな部分ばかり線を引いていて飽きないのかなぁ。 そういう問題じゃないか。 それになぜここに線が的なものははてなキーワードリンクなどで既に実践されているのかも。


ところで本を開いた時の意外性で思い出したのだけど、以前ブックオフで、かつて読んだこともなく今もどういう漫画だったか思い出せないコミックスを何となく棚から出して開いてみたら、その中に確か緑色の紙がはさまっていて、形がしおりって感じのものでもないしなんだろうと思って見てみると、返却が遅れてスミマセン。 貸して下さってありがとうございました。 でもこれで何とかコミケに間に合いそうです、というような事が女の人と思われる文字で書かれてあって、とても不思議な感じがした事があったのだった。 ソフィ・カルならこの手紙をきっかけに取材を重ねてプライバシー侵害ギリギリな作品を作ってしまうのかも知れないなぁとか思いつつ、この漫画を売った人がこの手紙が入っていてそれを読んだ上でそのまま売っていたら、なんだかちょっと怖いなぁと妄想したのだけれども、案外、その手紙はブックオフに向けて書かれたもので、ブックオフから無断でレンタルして返却された本なのかも知れない。