『手塚治虫とっておきの話』の面白かった部分など

最近手塚治虫トキワ荘周辺の人の漫画とか、あと漫画について書かれた本とか読んでいるのだけど、『手塚治虫とっておきの話』という本に医学部時代のエピソードが幾つか載っていて、これも有名な話かも知れないけれど面白いので少し引用。
 

 二百ページで、しかも上製に近い装丁の漫画の本を出せるということは、当時たいへんな魅力でした。 しかし、自分のかきたいことと、出版の主義、主張というのが合わないことに、一種のジレンマというか、ものすごく悩んだんです。 もうやめちゃいたい、そして医者の勉強に戻りたいと思ったわけです。 だけど、その時にはもうすでに阪大医学部の教授からぼくは見放されていました。
 手塚くんは漫画ばっかり描いて、ちっとも勉強せんし、患者みてても、かげで漫画描いてると。 とにかくカルテにも漫画描くんですから……。

 晩になると、手塚は、宿直室へ看護婦連れこんで何しとる……というわけです。 別にあやしいことしてたんじゃないんで、消しゴムで一生懸命消させてたわけです。 カルテにぼくが描いた漫画を……。

 そのころには「新宝島」にしても何にしても、注文が入ってきて、手近なところにいる看護婦さんを助手にやとったわけです。 ちょっと来てくれ、あとでコーヒーおごるからといって……。

 患者の似顔絵もよく描くのです。 それがばれて、患者も怒っちゃったし、教授がぼくを呼び出して、頼むから医者やめてくれといわれました。 せっかくここまできたんですから学校ぐらい出してくれといったんです。 そしたら、出してやる、そのかわり、医者になるなよ、君が医者になれば必ず人を殺すからといわれました。 卒業だけはどうにかしましたが、すでにぼくのいく道は、漫画家以外にありませんでした。 それだけにコマーシャリズムへの妥協がぼくにはつらかったのです。
 

 〜手塚治虫とっておきの話 P12〜13『来るべき世界』〜

 

別のエピソードには医者の学校に入った動機が「軍医になれば徴兵をまぬがれられる」からだったとか、漫画の原稿料で医学書を買う生活だった、というものがあった。

 

この本は全体的に面白くて読みやすかったのだけれども対談や巻末の解説はいまいちだったかな。 あでも手塚と山田洋次の対談での漫画の1コマや脚本の1シーンが突っかかったりうまくいかないと、その部分だけ直すんじゃなくもっと前からさかのぼってかき直すという話が興味深かった。